君だけは 僕の夢を見て 朦朧と霞む靄の中、少年が只泣いている。 あの子供にはどこか見覚えが―否、あれは自分ではないか 隣には、泣いている自分を慰めている少し年上の少年。 『――ったい、俺がお前を―ってみせる』 少年の台詞は聞き取りにくく、その表情さえも不明瞭だというのに 闇夜に溶け込むことの無いその白銀が、照らしている月に似つかわしく ただただ惹かれていた・・・・ 気怠い意識を振りほどき、ポップはゆっくりと瞼を開き覚醒する。 ここ数日間で既に幾度となく見た夢。 (なにもこんな日にまで見なくてもな) そう一人口を尖らすが、すぐに彼の表情には笑みがさす。 今日は、ポップにとって15回目に当たる、彼の誕生日だったのだ。 「お早うポップ、今日は早いのね」 色褪せた黄色いバンダナを額に巻き、二階の自室から居間へと降りると、 母親がいつもの優しい顔で迎えてくれた。 「おぅっなんか急に目がさえちまってさ」 「はんっ誕生日に浮かれて目ぇさますなんざ、まだまだガキだな」 既に食卓の席につき新聞を広げていた父の揶揄にすぐさま怒鳴り返す。 「うるせぇクソ親父!」 「ぁんだと馬鹿息子!!」 ほぼ毎日繰り返されているやりとりを、母― スティーヌ ―は穏やかに見つめていた。 「ほら、早く食べちゃわないと折角早起きしたのに遅れちゃうわよ」 「いけねえっ親父なんか構ってるヒマねぇんだった」 「ってめぇ―」 言い返そうとするジャンクをスティーヌが宥める。 食事を終えると両親は『おめでとう』との言葉をくれた。 そんな、幸せな朝だった。 「ポップ〜お早う!!!」 いつもの通学路を歩いていると後ろから声がかかる。 「ダイっ!お早う〜今日は寝坊しなかったんだな」 駆けよってきた友人の髪をくしゃりと撫でると、ダイは照れくさそうに笑う。 「なんだよぅポップだって普段は同じくらいじゃないか」 「ははっ違ぇねぇや」 他愛のない話などをしつつ教室に入ると、あちこちから挨拶の声。人好きするポップの人徳といえよう。 「あら、今日は早いじゃない」 「マァム!!!・・・・と姫さんもお早う」 「あら何よ私はマァムのオマケみたいじゃない」 必死に言い訳するポップにダイは苦笑しつつ助け舟を出す。 「まぁまぁレオナ、今日くらいは勘弁してあげなよ」 「そぅね〜ポップ君のマァム好きは今に始まったことじゃないし、許してあげましょうか」 「っ姫さん!!冗談じゃないぜ!なんで俺がこんな暴力的な―」 「なぁんですってぇ!!」 見た目とは裏腹に力強い拳で殴られるとポップは思わず涙目になる。 「全くあんたはいつも口が悪いんだから。今日は誕生日だからこれくらいにしてあげるけど!」 「マァム・・・覚えていてくれたのか?!」 口ではなんと言いつつもマァムに寄せる好意は本人以外にはバレバレであった。 無機質なチャイムが響き、四人はそれぞれの席へと(といっても四席同じ班であったが)つく。 しかし教室には誰かがやってくる気配も無く、クラスには以前とざわついていた。 「ねぇ、そういえばうちの担任って新しい人になるのよね」 「あぁ?なんでだよ」 斜め前のレオナの台詞にポップは眉を寄せる。 「やだポップ君覚えてなかったの?マリン先生が寿退職されるんで、今日から変わるんじゃない」 「あぁっあれって今日からだったのか〜」 「もぅお別れ会までしたんだから覚えてなさいよね」 「うるせえな、今日からってのを忘れてただけだよ!」 そんな会話に傍観していたマァムはおろか、ダイまでもが呆れた顔になっている。 むっとしたポップが何か言おうとしたその時――教室の扉が開いた。 静寂だったのは一瞬で、すぐさまそれはざわめきへと変わる。 そのざわめきの中にはポップ達の声も混ざっている。 「ちょ、ちょっとマァム!!あ、あの人ってうちの担任になるのよね!?」 「まぁ流れ的にはそうじゃない?」 至って落ち着いているマァムにレオナは不服らしい。 「何そんなに落ち着いてるのよっものすっご〜く美形じゃない!!ほんとラッキーよねぇ」 「んー確かに綺麗な顔ではあるわね」 「っマァム?!お前あぁいうのが好みなのか!?趣味悪いぞ!」 「ポップ・・・嫉妬はみっともないぞ?」 「だ、誰が嫉妬なんか―!」 という具合である。 確かに入室してきたのは、すらりとした体つきに整った顔だち、深い黒の瞳に輝く銀の髪。 いわゆる『美形』と呼ばれる類の男であった。 「あぁいう奴って根暗なのが多いんだよな」 「ちょっとポップ、聞こえるわよっ」 マァムが小声で注意したとき、ようやく男は口を開いた。 「そろそろ静かにしてもらおう」 その一声であたかも水紋が広がるように静寂が波を打っていく。 「俺の名はヒュンケルだ。年齢は21。担当科目は日本史だ。他に何か質問はあるか?」 驚くほど簡潔な自己紹介に誰もが唖然としていた。 「なければ出席確認に移らせてもらう」 こういう場ではお決まりの『今日からよろしく』という言葉も無く、彼は事務的な行動に進んでいく。 しかし、不思議なことにその動作が自然なことのように誰もが錯覚してしまう、そんな男であった。 「んぁあ〜疲れたっと」 ようやく一日の授業が終わり、ポップは身体を大きく伸ばす。 机の上にべったっと伏せながらダイも同意をする。 「やっと終わったね・・・あ!ポップ、今日って何か用事ある?」 「いんや、ねぇけど」 「そっか・・・」 「なんだよ、聞いてきたくせに変な奴だな」 笑いながら同じく机に寝そべり視線を合わすと、ダイは緊張した声になる。 「あ、あのさ、ポップって今日誕生日じゃないか」 「あぁ」 「そのね・・・プ、プレゼントを渡したいんだけど・・・」 いつもきっぱりと物事言う友人が、しどろもどろになる様子がなんだかおかしくてくすりと笑ってしまう。 「おぅっありがとよ!」 その声にダイの表情にはにかんだものが浮かぶ。 「あ、あんた達・・・その格好ってなかなか気持ち悪いものがあるわよ・・・」 レオナの呆れた呟きが聞こえた。 「うっ・・・別にいいだろっコイツは特別なんだから」 拗ねたように上半身を起こすポップにマァムが口を挟む。 「そういえばダイとポップって私たちと会う前からの友達なのよね」 ポップは人差し指で鼻をかき、照れくさそうに答える。 「あぁ、ダイは俺が此処に引っ越してきたときからの友達なんだ。 ・・・初めて会ったのは五歳くらいだったよな?」 「そうだね。そう考えるとポップとの付き合いももう十年になるのか〜」 感慨深そうに腕を組むダイ。 「長いと思ってたけどそんなに前からなの!?」 レオナの驚きが妙に心地よい。 ポップにはダイとあった日のことをすぐに思い出せる自信があった。 脳裏に少しだけ蘇らせながら、頬にかかるバンダナに触れる。 誰一人知り合いがいなく、いつも一人だった自分に差し出された手。 『これ、ともだちのしるしにあげるよ』 さすがに当時の色は大分落ちてしまっているけれど、 その日から『黄色いバンダナ』がポップに勇気をくれたのだった。 「――ップ、ポップってば!」 マァムの声で意識が呼び戻される。 「あ、悪ぃどうした?」 「どうしたじゃないわよ。ほら、ヒュンケル先生が来たんだからHRが始まるわよ」 教壇を見ると、言葉の通りにヒュンケルがいた。 一瞬、眼が合ったような気がして少し気まずくなる。 と、その時、ヒュンケルの口がゆっくりと開いた。 「ポップ」 突然呼ばれた自分の名前にびくっと身体が跳ねる。 「ポップ、呼ばれたなら返事くらいしろ」 「は、はいっ」 どうやら驚いたのはポップだけではないようで、クラス中が声を潜めている。 「放課後・・・職員室に来い」 「・・・・・な、なんでですか?」 もう担任の機嫌を損ねてしまったのだろうか、と不安になる。 「それは来てからのお楽しみだ」 面白そうにそう言われたが、別に楽しみでもなんでもない。 マジかよ・・・と顔を引き攣らせるポップに同情の視線が集う。 「では、HRを始める」 ひどく目の前が暗いポップをよそに、事務連絡は何の滞りも無く終わって行くのだった。 「では、また明日な」 初めと同じく簡潔な言葉で締めくくると、ヒュンケルは教室から颯爽と去っていく。 「ポップ君っ大丈夫よきっと!」 「えぇ!多分平気だと思うわ」 「・・・・遠くから応援してるよ・・・ポップ」 友人達の(生)温かい励ましにどんよりと項垂れてしまう。 「あ、ありがとよ・・・・ダイ・・・いつ帰れるかわかんねぇから今日は先に帰っててくれるか?」 「あ、うんわかった。んじゃ夕飯が終わった頃―九時くらいにパプニカ公園で待ち合わせよう!」 ダイの返事に一気に気持ちが盛り返す。 「おぅ楽しみだぜ!んじゃちょっくら行ってくるわ〜」 高揚した気分を必死に保とうとして去るポップに、三人は思わず哀れみの情を覚える。 「ポップったら大丈夫かしら・・・わざわざ誕生日に気の毒ねぇ」 マァムの台詞に頷く二人。 「ま、まぁ概ね女子には羨ましがられてるみたいだし!!」 しかしその羨みが本人にとって何の励みにもならないことを、発言者のレオナも重々承知している。 暫く重い空気に浸っていたが、とりあえず彼らは帰路にたつことにした。 続く≫ ![]() 取り敢えず第一話をアップです・・・。 一応シリアスになる予定ですっ シリアス苦手だ・゚・(つД`)・゚・ 本当は一話はもっと長くなるつもりでしたが、続きは二話にまわします〜。 ![]() |