(ポップ、ごめんね)

約束に遅刻するとのメールへの返信を読み、ダイは携帯電話をパタンと折りたたんだ。


申し訳ない表情と少しの苦笑を浮かべ、急いで用意を整える。

早く行かなければならない。

彼は待たされることを好まないのだから―――




君だけは
   僕の夢を見て





「・・・ダイの奴、遅ぇな〜」

公園のベンチに腰を下ろしていたポップは、両腕を擦りつつ呟いた。

風は相変わらず生温く、気温は決して低くはないというのに

どうにも先程から悪寒が身を這っている。

否、寒さからくる震えとは何かが違う。

(これは・・・重圧 ( プレッシャー ) ・・・・・・っ!?)


突如、背後から貫くような視線を感じた。

「だ、誰――!?」

振り向く間も無く、突如身に加わった衝撃がポップを地面へと吹き飛ばす。

「痛っ・・・」

飛ばされ転げた拍子にあちこち打ってしまったが、どうやら生きているようだ。

先程までベンチがあった場所から土煙が次第に晴れていく。

ゆっくりと目を細め、その姿を捕らえる―――

「つ、土蜘蛛だとぉ!?!」

目を細めずとも姿を確認できるようになったソレは、縦に四つずつ、緋色というには

あまりにも毒々しい紅の目を八つこちらへと向けていた。

大きさはポップの・・・いや人間の何倍もあり、鉤爪のついた脚を振り上げるその様は

昔、師匠から譲り受けた書に描かれていた土蜘蛛そのものだった。

よく覚えてはいなかったが、ポップが今まで相手にしてきた小物などとは違い、

このような場所に突然現れるものではなかったはずだ。

柳のようにしなやかな脚が振り下ろされる前に慌てて立ち上がるが、地面へと

振り下ろされた衝撃に再び這い蹲る。

ゆっくりと獲物へと近づく蜘蛛にぞっとするが、自分には逃げることしか出来ない。

射すくめられへたり込もうとする足腰を必死に立たせ、動かそうとする。

そんな努力を嘲笑うように蜘蛛の口元から投げかけられる白糸がポップの足元を

絡めとる。

「っうわぁああ!!!」

足が縺れ腰から地面へと落ち、ズキズキとする痛みに涙が浮かぶ。

・・・逃げられない

絶望的な状況に打開策を求めるが、ここから逃げられる案は浮かばない。

その間にも最早警戒をすることもしない土蜘蛛が悠々と歩を進める。

どうやら覚悟を決めるしかないらしい。

きっと睨みつけ、相手が攻撃を仕掛けてくる最低の間合いまで呼吸を整えておく。

(逃げるのが駄目なら・・・イチかバチかっ)

いよいよその毒牙を振りかざしてきたその口内へ、さっと手を振りかざす。

「――ベキラマーーーーー!!!!」

放出される閃熱に身体中の力が吸い取られていくのを感じる。

(くっどうだ!?)

熱エネルギーによる光が次第に分散していく中を細めた目で追っていく。

自分の力量では心もとないが、上手くいけば丸焦げになっているはずだ。

そうでなかったとしてもせめて一矢だけでも報いていれば・・・・・

「う、嘘だろ?」

確かに大分距離を置いた位置までヤツは飛ばされていた。

・・・しかしその姿は先程となんの変化も見られない。

「手の振り上げに驚いただけ・・・?くそっ!」

眼力に強いられていた緊張は解けたが、もう逃げる体力など残ってはいない。

不意打ちを受けたためか、興奮しきった土蜘蛛の目は更に紅を増し、闇夜に

不気味な光を与えていた。

怒りも手伝ったのか足早に蜘蛛が近づいてくる。

走馬灯を回す時間もなさそうだな・・・などと麻痺した思考を閉ざすためにも

強くその目と唇を結ぶ。

しかし―――

(遅く・・・ねぇか?)

覚悟していた衝撃がおとずれない事に安堵しつつ、恐る恐る瞼を上げる。

そしてそのまま目を見張ってしまった。

「だ、誰だ?」

かすれきった声の先には、一人の男がいた。

漆黒の着流しにやはり黒の羽織を闇に溶かした後姿は、現代には不釣合いだが

この場には酷く相応しいように思える。

眼に飛び込む銀の頭髪が遥か昔の記憶と重なる――

――いや、自分はもう目にしていたではないか。

「ヒュンケ・・・・ル?」

ポップの目前で土蜘蛛の縦横に並ぶ赤眼の中心へ深々と剣の太刀を差し込んでいた男、

ヒュンケルは頬に掛かった返り血の飛沫など気にもせず、届いた声に薄く笑みを浮かべていた。




                                                続く≫






やっと更新できました〜
なんだか短い・・・
ヒュンケル兄さんの登場が遅いせいで話が進まないじゃないか!
(遅いのは筆だよ)
ヒュンケルの服装は悩んだ末なので大目に見てやってください・・・
まずポップの誕生日が特定できないので季節が決められないのは痛い・゚・(つД`)・゚・
でも兄弟子は着流しとか似合いそうだなー